8時をまわって「百万石」の店内が活気づいてきたころ、曽根崎が追加注文したブリの味噌煮と明太子オムレツがテーブルに並んだ。
カンナはブリの味噌煮を曽根崎の方に置きながら話を続けた。
「私が事務所に初出勤した日の朝のこと、覚えてます?あの日、曽根崎先生からいきなり、ポーンと『占有妨害排除の実務―競売物件明渡しの実例』って分厚い本を一冊渡されましたよね。それで、『響、この間競売で落としたビルに居座っている占有屋への立ち退き料値切るから、それ読んで、この案件解決しとけ!占有屋の電話番号もその本の中にはさんであるから適当に電話して交渉しとけよ。じゃあな』ってそのまま出掛けて、先生は結局夜まで帰って来なかった。あのときはある意味カルチャーショックを受けましたよ」
「うるさい占有屋はカネで解決するのが一番だからな。でも、必要以上のカネを払う必要はない。だからその交渉をお前に頼んだまでだ。まあ、あのときは、右原がうまく解決してくれたじゃないか。大学生にしてはまあまあだったな」
カンナは曽根崎のコップにビールを注ぎながら、笑ってこたえた。
「とにかく、曽根崎先生はいつもそんな調子でしたものね。私は会社の設立の仕方も、建設業許可の下ろし方も、全部自分で調べて覚えましたから」
「仕事は人から教えてもらうものじゃない。人がやってることをまねて、自分で工夫してやっていくもんだ。どうしても分からなければ、役所に電話して聞けばいいだけの話だ」
「本当ですね。私も曽根崎先生のところで大学4年から1年半働いて、この世の中には、自分ができると思ったことでできないことなんて一つもない、ってそう思いました」
「まあ、今考えれば、俺自身、いろいろな制約の中でよくやってたって思うよ。あの日まではな・・」
そう言うと、曽根崎はビールのコップを片手に持ちながら遠い目をした。

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